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2019.10.23 |ブログ

実戦という言葉を嫌う自知護身



実戦という言葉を嫌う自知護身です。

 

なぜなのか。

 

私たちは実戦的であるとあまり謳いません。

 

巷では華麗な技や派手な技、いわゆる見ていて「かっこいい」ものがより実戦的であると受け入れがちな気がします。

(もちろん実戦という言葉に定義を持っている団体や組織があれば話は別です)

 

しかし我々は常々思います。

 

実戦は非常に泥臭く、練習で得たものが100パーセントでるものではない。

 

実戦に近いスパーをしたら実戦的?

それっぽい技をしたら実戦的?

 

 

自知護身はそうではない。

誤解を恐れずに言うならば

 

 

ナイフを力任せに振り回す男がいたとしたら、時として非力な人はやられてしまうのが現実(=実戦)であり

 

実戦的である、というのは技そのものを指すものではないと思います。

 

では何が実戦的なのか?

 

それは自知護身にとどまらず、他の護身術・格闘技・武道を通じて得た考え方そのものが実戦的でなければならないと考えます。

 

生き残るために手段を選ばないことであったり

巻き込まれる前に自分が行っていた対策であったり

自分が負ける(=殺される等)可能性がある時にどう知恵を振り絞るか

 

これに尽きます。

 

実戦的なものを我々が提供するのでなく、

自分にとって実戦的なものを取捨選択していってほしい。

 

そして繰り返して自分に染みついたものや考え方そのものが

実戦的な技へと進化します。

 

実戦的というよりも

皆さんのタメになるような

 

そんな護身術教室を目指しています。